考えるとは

考えるとは?

[ 10] 考える力をつける
[引用サイト]  http://thinkdeep.livedoor.biz/

サッカー日本代表、負けちゃいましたね。(なんか、もう1年前くらいの話題みたいになっていますが 笑)一応、中学の時、サッカー部で、県大会に優勝した僕が言わせてもらうと(←ちょっと自慢 笑)、ブラジル戦なんか見ていて思ったのは、社会人と学生くらいレベルが違うなということです。序盤は、まだシステムで対応できていた気がしますが、体力の落ちてくる後半は、個の技術差が顕著になってきて、あっさりやられてしまいましたね。日本では、ミドルシュートで枠に飛んでいたのは中田くらい。全員が海外である程度活躍するレベルにならないと、ワールドカップで決勝トーナメントに進むのは難しいのでしょう。と考えると、あと10年以上は厳しいかなという感じでしょうね。今の海外移籍だって、ほとんどが日本のお金目当てですからね。南米、ヨーロッパではサッカーが文化になっていますから、日本が本当に追いつくためには、まだまだ時間がかかるでしょうね。監督がオシムになったところで、劇的に変わりはしないでしょう。と、まあ、ここまでは一サッカーファンとしてのコメントなんですが。。。ワールドカップを見ていて、いくつか思ったことがあります。■ファンのあり方とは?この結果に対して、いろいろ言う人がいますよね。日本サッカー協会には、予選敗退が決まって、100本以上の苦情、クレームの電話があったそうです。でも、それってどうかと思うんですよね。ファンとしてあるべき姿というのがあると思うんです。サッカーに対して、その人がなんらかの利害関係があるならいいんです。スポンサーだとか、スタッフだとか。でもね、別に日本が負けたからって、個人がなんら不利益を被るわけではないですよね。我々が勝手に、夢を託して、楽しませてもらっているわけです。それなのに、こちらの思う通りの結果にならなければ、不満を口にする。それが井戸端会議程度で終わるのであればいいのですが、サッカー協会にクレームを言ったり、暴徒化したり、っていうのは、やっぱり違うと思うんです。叱咤激励の意味で、気のないプレーにはブーイングをしたりするのはいいと思うのですが、心の奥底では『残念だったけど、楽しませてくれてありがとう。』っていう思いを持っているのが、あるべきファンの姿ではないのかなと。もちろん、サポーターがいいプレッシャーを与えてチームを強くするというのはありますし、応援団とかチケットを買ってそれなりに貢献しているのであれば、意見を言うのもいいとは思いますけど、テレビでタダで試合見ておいて、偉そうなことを言う資格は全くないと思うんです。サッカー自体が我々の放映権料で成り立っているのは分かっています。でも、それは運営者側の話しであって、テレビで見ている分に関しては、我々は一切お金を払っていないわけですからね。もし、変な試合してクレームを言うのなら、いい試合したときはお金の援助でもするのなら別です(笑)だったら、言う権利はあると思うんですけどね。■個人の夢を託す?中には、会社を辞めてまでドイツに行く人とかがいますよね。でも、個人的には、他人に夢を託すより、自分の人生を生きた方がいいんじゃない?と思っています。だって、仮に日本が優勝したとしたって、我々の生活がなんら変わるわけではないですからね。野球のワールドカップで日本が世界一になっても、我々の生活が何も変わらなかったですよね。それと同じです。■夢を託される職業一見、サッカー選手なんていうととっても華やかに見えますが、でも、今回感じたのは、人に見られる職業というのは大変な仕事だということです。もしあなたの仕事に関して、なーにも関係のない他人からとやかく言われたどうでしょうか?『何だ?この売上は!』『もっと外回りしろよ!』『会社来るの遅いんだよ!』上司ならまだしも、なーにも関係のない人から言われるんです。それって、嫌ですよね。『じゃー、お前やってみろよ!』と言いたくなるでしょう。もちろん、サッカーは見てもらってナンボの世界ですから、しょうがないんですけどね。いろいろな人の期待を背負わなければならない大変な仕事だなと感じます。■サッカー選手のレベル僕は、僕と同じ名前のFWヤ●●サワ選手が好きではありません。あんまりゴールへの貪欲さを感じないので(笑)でも、彼でさえ、日本人選手の中からみれば、優れた得点感覚を持っているわけですよね。日本のサッカー人口は350万人と言われていますが、その中のフォワード二人に選ばれているわけですからね。その辺の草サッカーチームに、Jリーガーが一人だけいるだけで、チームが格段に強くなるそうです。やはり技術的にはすごいそうですね。ちなみに、日本人が海外のクラブに移籍するのは、せいぜい年に数人。それが、ブラジルでは、200人以上が海外移籍しているようです。そりゃ、レベルが違うのも当たり前ですよね。■指導者のあるべき姿グループリーグで敗戦して、ジーコが、『日本選手にはプロフェッショナリズムがない』と発言していました。本当にそういうニュアンスで言ったのかどうかわかりませんが、それを聞いて、『ジーコよ、ちょっと違うんじゃないの?』と思いました。ジーコには4年もの歳月が与えられていたわけです。代表監督として選手の育成までは手が付けられないかもしれませんが、なんで今更その発言なんだろうと。意識が足りないなら、なんでもっと早くそのことに気づき、指導してあげられなかったのかという気がします。選手を批判するということは、その選手を起用した自分をも責めることになると思うんですよね。会社言えば、自分の直接の部下を批判するのと同じことです。自分の指導力の無さを、自分で認めているようなものですよね。代表チームの監督なので、一からすべて指導できる立場にいるわけでないにしても、もうちょっと違う言い方がなかったのかなと思いました。選手に直接言うのならわかりますが、マスコミに対して言う言葉ではないという気がします。■日本は悪い国ではないたしかに、日本はグループリーグで敗退し残念でした。でも、僕は、日本っていうのは、総合的に見ればとっても恵まれた国だと思うのです。サッカーならサッカーだけ、野球なら野球だけと、一つのことだけに特化して比べると、なんかとっても寂しい感じがするんですけどね。ブラジルやイタリアがうらやましいと思う必要もありません。例えば、僕はサーフィンをしていて思うんです。僕はまだまだ初心者の部類なので、周りにうまい人達がたくさんいます。そういう人達を見ると、『あんな風に出来ていいなー』とか『俺も早くああなりたいなー』と思うんです。その場では、とっても悔しい。でも、総合的に見れば、自分は、その人達とは違うことに時間を費やしてきているわけであり、別のフィールドに立てば、自分の方が優位に立つことだってあるわけですよね。会社でもそうですよね。新しい会社に入ったり、部署に行って、新しい仕事をする場合、当然一からのスタートになるわけで、最初は仕事が出来ません。年下の人なんかにも敬語を使わなければいけなかったり、仕事が出来ず自分をもどかしく感じたりするでしょう。でも、それは今まで別の事に従事してきたわけであり、別の分野に立てば、あなたには敵わないかもしれないわけですよね。なんだかんだ言っても、日本という国は、経済的にも文化的にも、恵まれている国だと思います。スポーツだって、弱いわけではありません。サッカーだって、世界的に見れば、上位にいることは間違いないのですからね。もうすぐ準決勝。僕はジダンが有終の美を飾れることを祈り、残り数戦、ワールドカップを『楽しませてもらおう』と思っています(^^)  
群馬県境の横川駅に止まると、少ない停車時間を利用してみんなが釜飯を買い、窓に映る山の風景を見ながら釜飯を突っつくのが、帰省する時の密かな楽しみでもありました。
昔は泊まりだった長野出張も、いまや日帰り出張となっている企業がほとんどです。長野から、東京へ通勤している人もいるくらいですからね。
しかし、前回のメルマガでも書きましたが、便利さの追求の代わりに失ってしまうものたくさんある気がするのです。
元旦に営業しているということは、誰かが休まずに働いているということです。利用する方にとっては便利かもしれませんが、ひとつの店舗が営業するということは、その裏で、またいくつもの会社が営業しているということでしょう。さらに、いつかは、回りまわって、自分が正月に働かざるを得ない状況になるかもしれません。
お正月は、みんなで休んで家族と過ごすからこそ、嫌でも交流が深まるということもあるでしょう。家族が交流することによって社会全体に与えるメリットは、計り知れません。
・自動車自動車が普及したお陰で移動は楽になりましたが、車による交通事故によってたくさんの命が奪われています。死亡者が減ったとは言え、まだ、年間7000人もの人が死亡し、周りの家族や友人は一生大きな悲しみを背負って生きていかねばならないのです。
・テレビテレビが普及したお陰で情報をすぐに入手できるようになりましたが、そのお陰で全国でも情報が均一化し、統一的な文化になってしまった気がします。また、メディアの影響力の強さにより、間違った情報が一気に広まってしまうという悪影響も必ずあるでしょう。
また、なんでも低価格で入手できるということは、それだけ消費する金額が減ってしまうということでもあります。
消費者にとって、価格が安くなることはいいことですが、社会全体から見たとき、必ずしも良い事とは言えません。周りまわって自分のところに来たときは、低賃金での労働を強いられたり、自分の会社の業績が振るわないなどの事態にもおちいる可能性も秘めているのです。
他にも便利さと引き換えに無くしてしまったものは、たくさんあります。
便利な世の中が悪いと言っているわけではありません。
大切なのは、表ばかりを見て突き進むのではなく、裏もしっかりと見ながら、バランスをとっていくことが大切だと思うのです。
・仕事ばかりを優先させて出世したとしても、家族が崩壊してしまっては意味がありません。
・手段を選ばずに金持ちになったとしても、周りの人達は誰も尊敬せず、離れていくでしょう。
大切なのは、悲しい出来事、つらい出来事を避けるのではなく、そこから得たことを、人生や社会に活かしていくことだと思います。
楽しいことばかり起こればいいのですがそうはいきません。むしろ、つらい出来事の中からの方が、得ることがたくさんあると思うのです。
つらいことがあったとしても、そこから大切なことを学びとり、生きるの意味も感じ取れるような1年にして欲しいなと思っています。
今回は、ドラゴン桜に敬意を表して(笑)ドラマはまず見ないんですが、たまたま、阿部寛が主人公のドラマ『ドラゴン桜』を見ました。ドラマ自体はチープなつくりですが、阿部寛扮する主人公のセリフがとってもイイ!『世の中にはルールがある。そのルールを知らないものは、社会の底辺で一生搾取され続ける!』う〜ん、まさにその通りだ!!と思いました。僕は、このメルマガを読んでいる人だけには、賢く世の中を渡ってもらいたいと思っています。だって、こんな題名のメルマガ読んでて、馬鹿だったら嫌でしょ?(笑)楽して生きろとは言いませんが、無駄に努力するだけでもダメ。努力がしっかりと成果として帰ってくるような生き方をして欲しいと思っています。そのためには、社会には目に見えない暗黙のルールがあるということを認識することが必要だと思います。今回は、いつもの内容とはトーンがちょっと異なりますが、この社会のルールとお金の関係について、考えてみましょう!■例)運転免許わかりやすい例から。車を運転するにはルールがあります。交通ルールを守らなければ、事故に合うだけではなく、警察に捕まりますね。我々は、そのルールを学ぶために教習所に行き、ルールを学んだという証として、運転免許証をもらいます。無免許で運転して、そんなルールがあるとは知らなかったと言っても、通用しません。我々はその免許を貰うために、ルールを管理するものに対して、お金を払うのです。■例)学歴と出世学歴依存体質は、まだまだ一般企業に根強く残っています。学歴がすべてではありませんが、人柄が同じで、3流大学卒と1流大学卒なら、たいてい、1流大学卒を選ぶでしょう。学校で学んだ知識は、ほとんど社会では役に立ちませんが、高学歴な人というのは、『ある一定のルールの下で、優秀な成績を残した者』に、間違いはないからです。また、上場企業などでは、エリートコースに進む人間は、就職活動の段階で、既に選定されています。入社の段階で、既に横並びではないのです。こういうことを知らずに、“自分の個性を見てもらう”などと言って一人よがりな就職活動を行っても、絶対に内定をもらえません。また、会社に入っても、『一生懸命やれば、誰かが見ていてくれる』などという淡い期待を抱いて仕事をしても、絶対に出世出来ません。出世するには、上司にうまく取り入ったり、人脈を作っていくことも、必要不可欠なことです。これも、社会のルールなのです。■例)金持ち金持ちになりたいという人が、マクドナルドで何年アルバイトしても、金持ちにはなることはないでしょう。本当に金持ちになりたいと思ったら、金持ちになる仕組みを理解しなければなりません。会社に属して、月給をもらっていたら、高額納税者に名を連ねる確率は、限りなく0です。本当に金持ちになりたいと思ったら?過去10年の高額納税者番付を見てみましょう。その法則の一部を理解することができるはずです。高額納税者に『アルバイト』はいません。■例)税金サラリーマンをしていると、全く言っていいほど、税金について勉強する機会がありません。しかし、独立して税金のことを勉強すると税金の仕組みについて、なるほど!と思うことが山のようにあります。システムを理解するものは、節税をしてお金が溜まり、システムを知らないものは、より多く搾取されていくのを、自分のこととして感じることができます。■例)インターネットインターネットを使えば、ほぼすべてのものが、店頭より安く購入することができます。この仕組みを知らないばかりに、多くの人が損をしています。これを、“デジタルデバイド”と言います。僕は、家電製品は、ほとんどインターネットで買います。家電量販店で買うより、何%も安い場合が多いからですね。これもルールです。■例)恋愛男女の間にも、いろいろなルールがありますね。これは、直接的にお金に絡むことではありませんが、我々は日本の男女間の一般的なお付き合いルールや、男女間の考え方の違いというものを、恋愛の中で、知らず知らずのうちに学んでいるのです。それが、わからないと、『ちょっと変わった人』と思われてしまうのですね。■例)スポーツプロスポーツの世界では、ルールを知らなければ、試合を行うことは出来ないでしょう。また、ルールを熟知することによって、試合を有利に展開することができるはずです。野球の野村監督などは、野球を知り尽くし、それをデータ化することによって、有利に試合を展開してきたわけですね。サッカーでも、オフサイドを知らなければ、サッカーを有利に展開することはできないはずです。▼このように、社会にはいろいろなルールがあります。このルールは、情報とも言い換えることができます。社会の秩序を守るためのルール、社会生活をうまく送るためのルール、稼ぐためのルール、節約するためのルール。様々なルールがあります。ルール(情報)を知らないものは、ルール(情報)を熟知しているものに対して、お金を払い続けます。どの分野でもそうです。世の中には、最も情報を持つ者が支配するピラミッド構造が、社会のあちらこちらに存在しているのです。そして、人はある分野ではピラミッドを支配し、ある分野ではピラミッドに支配されながら、生きています。例えば、あなたがコンビニでジュース1本買うにしてもそうです。あなたの買ったジュースの代金は、最終的には、コンビニフランチャイズのトップや、飲料業界のトップに流れていく仕組みになっています。最近話題の、談合事件にしてもそう。会社員の皆さんもそう。我々がテレビで見ているサッカーや野球、水泳でさえそうです。すべて、情報を持つもの、ルールを作ったもののところに、お金は流れる仕組みになっています。あなたは、誰かからお金を取れるようなピラミッドやルールを持っているでしょうか?これが、仮に会社が倒産しても、“一人でも生きている力”ということになります。必ずしも、ピラミッドのトップにいる必要はありません。あなたが、ある分野についての特別なルールを知っていれば、それでご飯を食べることが出来るのです。もちろん、分野によりますけどね。▼そういったルールは、誰も気楽に教えてくれません。中には、本屋にコッソリ売っていたりするものもあるのですが、その存在を知らない人は、一生損をし続けるのです。例えば、こういう本に書かれていることも、ルールの一つですね。『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』きれいなだけでは生きていけません。まずは、仕組みやルールの存在そのものを知ること。その上で、仕組みを熟知し、活用すること。少しでもルールを支配する側にまわること。そうすれば、同じ努力でも、よりうまく人生を過ごすことができるでしょう。世の中を、ルールやピラミッドという視点で眺めて見てください。きっと違う世界が見えてくるはずです。▼ドラゴン桜は、TBS系列で金曜夜10時から放送中です。ドラマ自体は非常にチープな作りですが、暇だったら見てみてください。(笑)
ところが老人は残念がっている様子もなくこう言いました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振ってこう言いました。
近所の人たちがかわいそうに思いなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
ちょっと良いことがあると幸せを感じ、ちょっと嫌なことがあると不幸を感じます。
ひょっとしたら、今苦労していることで、人間的に大きくなり、今後大物になったり、成功したりするかもしれません。または、さらなる困難に打ち勝つだけの精神力を手に入れられるかもしれません。
友達が学校帰りにアイスやお菓子を買っているのを見て、とてもうらやましく思い、それに比べて自分はなんて不幸なんだ、自分が親になったら、子供にはたくさんお小遣いをあげてやる!と思ったものです(笑)。
こういう思考がとても大切になってきます。
もちろん、すべてのつらさに意味を見出せるわけではありません。
上記のブレイクスルー思考と違うように感じますが、ビジネスという枠を取り払えば、同じ意味になってきます。
(1)コミュニケーション能力の欠如。嫌なことを自分がされたらどうなるかという視点が全くありません。普通、我々は幼少期から大人になるにかけて、友人関係の中で『他人の嫌がることはしない』という、社会で生きるうえで基本的な考え方を身に付けていきます。そういったコミュニケーション能力が決定的に欠如しているのですね。(2)社会性の欠如。人が人を殺しあうことが、公に認められる社会になったらどうなるかという、社会的に物事を考える視点が欠如しています。自分の視点しかなく、社会の一員という視点が全く無いわけです。(3)イメージ能力の欠如。3番目として、イメージ力の欠如です。上記2つをイメージする能力もそうですし、人が人を殺しあったらどうなるか、どれだけ痛い思いをするとか、自分も危険な目に遭うとか、そういった自分以外のことについてのイメージ力が全くありません。結局は、地域的な繋がりや、人との交わりが少なくなっていく中で、友達との付き合いや社会の一員という考えが薄れ、究極のワガママである『なんで人を殺してはいけないのか』という発言が飛び出してしまうというわけですね。僕は、人を殺しちゃいけない理由なんかないと思っています。現に人間は、たくさん人を殺してきていますし、今でも人を殺している。ただ、それでは社会が不安定になり、最大公約数の人間が安心して過ごせない為、憲法や法律を制定し、人を殺すなとみんなでルールを決めたわけですね。
食料は一人分しかない。相手はその食料を独り占めしようとしています。
もちろん、『なぜ、人を殺してはいけないのか』ということについて考えて欲しいということもありましたが、今の時代背景についてもっと考えて欲しいなぁと思いがありました。
日本だっていいものがあるし、欧米がすべてすばらしいとは思わないのですが、マスコミは、欧米絶対という視点で、ニュースや情報を提供しています。
※たとえば、日本は世界でもトップレベルの長寿国なのですから、どんなに栄養価が高くても海外の栄養食品やサプリメントを、高いお金を出して買う必要は全くないのですが、“欧米のもの=いいもの”という価値観で商品が紹介されますよね。
欧米の価値観とは、極論すれば、“個”を認める社会です。出来るものを伸ばす社会。能力のあるものを積極的に認めていく社会です。すると、どういうことが起こるか。出来る者が伸びるということは、出来ないものは、さらに社会的地位を追われるということになります。そして、出来るものはますます富み、出来ないものはますます貧しくなるという状況が起きます。
一部の者が、年収数億を達成し、一部の者は定職にもつけないという時代が来るということです。
“個人を認めることはすばらしい考えだ”という結論に行き着きますが、個を認める社会というのは、ある意味、“出来る個人以外は切り捨てていく社会”とも言えるのです。能力の出てくるものが認められれば、能力のないものはますます認められない。能力のないものは社会が救ってくれないので、仕事にありつけず、社会全体として、貧富の差が今よりももっと大きくなるでしょう。貧富の差が生まれるということは、社会として不安定な社会になっていくということです。貧しい者は生き延びる為に、犯罪を犯したりするかもしれません。当然犯罪率も高まるでしょう。まちがいなく。▼旧来の日本社会のように横並び社会がいいのか、現在の流れのように“個”認める社会がいいのかはわかりません。一つ言えることは、完璧なシステムなどないということ。
そして、流れは個を認める方向であり、この流れはおそらく我々が生きている時代では変わらないだろうということです。日本にも、間もなく大富豪が現れるでしょう。大富豪が現れるということは、貧民もその分増えるということです。個人の権利や意見が認められるということは、逆を言えば、ワガママも通ってしまう社会になるということです。▼アメリカを見てください。アメリカは“個”の極みです。イラク戦争を容認しブッシュを擁護するものがいれば、逆にブッシュを糾弾しようとするものも現れる。それが、アメリカの多様性でもあり、強さでもあるのですが、多様な分だけ“社会に受け入れらない個”も存在し、犯罪率が日本の何倍にもなっているのです。▼“なぜ人を殺してはいけないのですか?”これは、ある意味、“個”が認められ始めた社会を象徴している言葉ではないかと思います。横並び社会では、こんなことを言えば、確実につぶされます。そういうことが、堂々と言える時代になったということです。もちろん、人殺しを認めているわけではありません。そういうことが言える社会になってしまったということです。▼我々個人は、どう生きていけばいいのか。これからは、会社に頼ることも出来ない、国や社会が救ってくれるわけではない。権利や責任は認められるけど、その分、競争に生き残れないものは、すぐに貧民になる可能性も持っているということです。ますます、個人が考える力をつけ、努力を重ねていけないと、この時代は確実に負け組みになるでしょう。1月に立てた目標は、継続していますか?能力は別として、努力を忘れたものは、確実に淘汰される時代になるでしょうね。
・モテないおやじが、援助交際させてくれる女子高生の情報仕入れれば、家庭を崩壊させてしまうでしょう。
・サラリーマンでしか生きていけない人が、社長がいかに儲け居ているかという情報を仕入れても、自分のふがいなさを痛感するだけです。
・田舎に住んでいる人が、都会ではこんなに快楽的な生活が行われている!という情報を仕入れても、都会のイメージを肥大化させるだけです。
・主婦が覚醒剤の気持ち良さを知ったら、地獄に落ちるでしょう。
もちろん、時には、偶然仕入れた情報によって、自分の人生が変わることもあります。ただし、そんなことは稀です。自分の欲望をコントロールできない人にとって、自分に関係の無い情報は、妄想やいらぬ欲望を掻き立てるに過ぎません。世の中には、確実にしらなくていい情報と言うものがあります。▼僕は、街に出て、嫌だなと思うことがあります。★自分の知らないキレイな人がいるということ(笑)彼女だけを好きでいたいと思う気持ちがある一方、男は、自分の彼女がどんなにキレイでも、他にキレイな人を見ると、なぜ、自分がその人と知り合いでないことに不幸に感じてしまう、悲しい生き物です(笑)なので、キレイな人はなるべく見ない方がいいのです(笑)★見なければ欲しいなんて思わないのに、見てしまったがために、洋服や欲しいと思ってしまうこと。★別に車なんか無くても不自由してないのに、街中でいい車を見ると、やっぱり車も欲しいなぁと思ってしまうこと。★今のパソコンに、それほど不便を感じていないのに、電気屋にいくと、新しいパソコンが欲しくなってしまうこと。★今の家具にそれほど不便を感じていないのに、ショールームのようなところにいくと、新しいベッドが欲しいなぁと感じてしまうこと。その他、常に“情報”というものに意識をしていないと、いつのまにか、本来の目標や目的を忘れてしまうことが、多々あります。▼基本的に、僕の目標はほとんどが仕事に関することです。したがって、上のようなことは、僕の目標を阻害する情報ばかりなのです。変に自分の心が躍らされてしまい、仕事に対する集中力を奪うものばかりです。もちろん、たまには街に出て、予算の範囲で自分の欲望と相談しながら、買い物をしたりすることは楽しいことなんですけどね。▼欲望は無限です。目先の欲望を満たしても、どんどん新しい欲望が沸いてきます。そして、企業も消費者の欲望を喚起します。★デパートやスーパーで、それを見なければ欲しいなんて思わなかったのに、見たばっかりに欲しいと思ってしまうことはありませんか?★みんなが持っているからという理由で、流行に乗り遅れないように買った物はありませんか?欲望は大切です。それは否定しません。欲望があるからこそ、人は成長します。しかし、欲望には、確実にレベルがあります。あなたにとって、本当に必要な情報は何なのでしょうか。あなたの人生にとって、本当に大切な情報は何なのでしょうか。情報を無制限に受け入れていると、自分が本当に大切なものを見失ってしまいます。情報を完全に遮ることはできません。情報は、否応なく我々の生活に入り込み、我々をコントロールしようとします。時にはコントロールされてしまうこともあるでしょう。でも、コントロールされながらでさえ、これは自分にとって必要な情報かどうかということを意識することが必要です。コントロールされているということを意識しながら、欲望に身を任せるのです。意識出来る人は、必ず、自分を持ち、原点に戻ることができる人です。自分の目標をしっかりと見据えて、正しい情報だけを取捨選択し、2005年、すばらしい1年にしてもらいたいなと思います。  
他者の存在を意識しながら業務を進めるだけでも、あなたの仕事に対する視野は、格段に広がるはずです。しかし、もしあなたが、さらなるステップアップを望んでいるのであれば、今までの考え方を少し変える必要があります。
今年も、いろいろな話題を提供しながら、みんなで考える力をつけて行きたいと思っています。
そして、考える力をつけることにより、少しでも、皆さんが充実した人生を過せるようお手伝いさせてもらいたいと思っております。
いろいろコメントありがとうございました。本当にいろいろな意見があって、そのどれもがなるほどなぁと思えることでした。私自身も勉強させてもらいました。
もちろん、簡単に答えが出る問題でもなく、でも、考え続けなければならない問題の一つではないのかなと思います。
でも、既に検討している時点で、売春をしている人と根っこは同じような気がしたんですよね。
金額が高ければなんでもするのかと。心でも体でも売ってしまうのかと。自分の心の中には、売春を容認する気持ちが、少しでもあるということですね。他人のことだから厳しく言うけど、自分の問題となると甘くなるというか。
売春は、世界最古の職業と言われています。社会の必要悪として認めていくしかないのかなとも思いますが、自分の娘がそんなことになったらと思うと、とても必要悪と割り切ることはできませんよね。
そう考えていくと、やはり、考える力をつけるには、一面的にどうこうという話ではなく、人間力そのものが必要になるんじゃないかなと思うわけです。むずかしい・・・。これからも、みなさんといっしょに、考える力をつけていけたらと思っています。
気分が悪くなる恐れがあるので、今幸せな人は読まないで下さい。
私は昔、いろいろつらいことがあって、本当に死んでしまいたいなぁと思う時期がありました。
死ぬ恐怖というよりも、現実から逃げるのが卑怯だと思ったし、親や恋人にも悲しい思いはさせたくない。自分には、やらなければいけない使命もある。
その日、私は、なんとなくビルから下を見下ろしていました。普段はつらくても死ぬことなど考えません。なんとなく、死を考えること自体に嫌悪感があったし、してはいけないことだという意識があったからです。
誰もが死へのカウントダウンをしているのです。今、この時でさえ。体に時限爆弾を抱えて生きているようなものです。そう思えば、恥をかこうが、人からどう思われようが、自分のやりたいことを納得するまでやってから、死んでみたいと思いませんか?
どうせ死ぬのであれば、もうちょっと自分の可能性を拡げてみて欲しいなぁと思うのです。
死んだと思えれば、人間、たいていのことは出来ます。自分の能力や可能性、年齢を言い訳にすることもありません。覚悟とチャレンジ精神が違ってきます。
本当に死ぬほど苦しいことがあって死にたいと思うなら、人生におけるたいていことはクリアできるのです。
時には相手を憎むのもいいでしょう。自分より不幸だと思う人を見て、つらい人もたくさんいるんだと考えることもいいかもしれません。
いろんなことを経験している人は、人生の様々な引き出しを持っています。だからこそ、その場の状況に応じた考え方が出来て、つらいことも乗り越えていけるんですね。▼きっと、今、つらい思いを抱えている人もたくさんいるでしょう。だとしたら、目を閉じて、死んだことをリアルにイメージしながら、今の自分の悩みと向き合ってみてください。
ありきたりの言葉や励ましでは元気が出ない方。こんな考え方もあるんだなぁと思ってもらえればうれしいです。

 

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リンパマッサージとは

リンパマッサージとは、リンパ液の流れを補助するマッサージのことです。

リンパマッサージでは、リンパ液の循環をマッサージによってうながし、運動不足によるリンパ液の循環不良を解消してくれます。リンパとは一般に管状のリンパ管のことを指し、血管のように全身に張り巡らされ、中にはリンパ液が流れていますが、その役割は血管に入らない大きな不要物を回収、排出することです。

血管とも役割が似ていますが、リンパ液は血液と違い心臓のようなポンプがないため、リンパ液は筋肉が動かないと流れが止まってしまいます。リンパ液の停滞により老廃物がたまってしまい、むくみ、ふくらはぎが太くなるなどの症状が起こります。

リンパマッサージを行うことでそれらの症状の緩和をすることができるのです。

前立腺マッサージとは?

前立腺マッサージとは?

前立腺マッサージなんて言葉は、女性の方にはあまり聞き慣れない言葉かも知れません。

前立腺というのが男性の性器にはあってそこが、年齢を重ねるごとに、大きくなってきてしまうんだそうです。それによりいろいろな病気にかかったり、性器が衰えてきたりするそうです。

前立腺マッサージについての正しい知識を身につけておかなければならないでしょう。

そこで問題になってくるのが前立腺の肥大に関することです。

前立腺は解剖学的には膀胱の下で尿道を取り囲むようにして存在する臓器で、前立腺から分泌される前立腺液は精液の構成成分で、体外に射精された精液中の精子を保護しエネルギーを補充する働きがあります。年齢とともに生殖能力が必要でなくなるために、前立腺は萎縮するか肥大するかの二者択一の道を選ぶようです。

1955年代ごろまでは、日本人男性のほとんどが前立腺は萎縮の経過をたどっていましたが、食生活の向上・欧米化により、現在では80歳までに日本人男性の80%が前立腺肥大症になるといわれています。